姜智三 個展 「心の空白」によせて
仲野 誠(社会学者)
「なんだこれは!」
これは、2011年の夏、朝鮮大学校で行われた在日朝鮮学生美術展の中央審査会ではじめてこの作品に出会ったときの私の気もちである。私は心がざわめき、落ち着いてこの作品と向きあえなかった。そして、あまりこの作品をみないようにしていた。
その後、学生美術展の神戸展、大阪展、東京展、神奈川展、そして鳥取展で、何度もこの作品に出会いなおした。否が応でも視界に飛び込んでくるその圧倒的な存在感に私の心と身体はすなおに従うしかなく、気がついたら展覧会場でこの作品の前に立っていることが多かった。
そのような時間をかけた、いくつもの場所での出会いなおしのプロセスの中で、私は次のことに気づかされた――「ああ、これは私だ」
「そうか、これは私自身の姿だったのか」――このような気づきが確信に変わっていくにつれ、私は落ちついてこの作品に向きあえるようになってきたような気がする。
「人には心の空白がある」というメッセージを携えたこの作品は、多くの人にとっての“鏡”のように思える。人はこの作品に向きあうとき、そこに自分自身の姿をみることになるのではないだろうか。
自分の「心の空白」に気づいたとき、自分の弱さをそこに認めたとき、私たちは心の空白を抱えた多くの仲間たちと出会うことができるのかもしれない。そしてそれは私たちの強さへと転換されよう。
「心の空白」は、文字どおり何もない空白のようにも見える。しかしそれは一方で、人とつながっていくためのトンネルのようにも見えるのだ。この空白/トンネルの先には何があるのだろうか。