〈学美の世界 8〉子どもたちの表現力に嫉妬する/姜泰成 2019年5月27日号
https://www.chosonsinbo.com/jp/2019/05/sinbo-j_190527/
児童・生徒たちの表現力にはいつも驚かされる。
ありふれた日常の中から特別を生み出す力は簡単に備わるものではない。
しかし、図工、美術の時間の児童・生徒たちはいとも簡単にやってのけてしまう。
授業を行いながら児童・生徒らの活動に感銘を受ける反面、嫉妬している私がいる。
作品1「カッコイイバスの運転手」。第47回学生美術展・優秀賞。川崎初級・6年:黄裕憲
■「視点」
児童たちは視覚を通して多くの情報を収集している。
同じことをしていても何を見ているのか、見ようとしているのかは児童それぞれの意思の反映である。
例えば通学中のスクールバスの中でもそうである。友だちと話している児童、窓の外を見ている児童、寝ている児童。いろんな過ごし方がある。中には運転手の先生に見とれている児童もいる。
児童にとって朝の通学時間ほど興奮する時間はないのだろう。
先頭に座ってフロントガラス越しの景色を堪能するのかと思いきや、青く塗られた運転手のハンドルさばきにくびったけなのだ(作品1)。
白い余白だらけの画面に運転席の背もたれから伸びる青い手足。ときどき動かすギア。バスの位置を示すカーナビの赤い印。どれをとっても児童自ら運転している気分になっているのだろう。バックミラー越しに合う運転手との目線がなんともかわいらしい。
作品2「傷」。第47回学生美術展・優秀賞。神奈川中高・中3:李佳音
■「着眼点」
2018年は朝鮮半島の統一の兆しが目と鼻の先に感じた1年であった。
このことは在日である私たちにとっても大きな感動を与えた。
タイムリーに民族教育を受ける生徒にとっては衝撃であったことだろう。
民族の分断から70年以上も過ぎた今日に至るまで、在日コリアンとして生まれた生徒たちが民族教育で養った民族愛を糧に北南の分断を悲しむような時代に、終わりを告げる期待に満ちた1年。生徒たちの気持ちもそれは高ぶったことだろう。特に4月27日の北南首脳会談を生で目撃した衝撃は忘れられないことだろう。
「歴史が分断を生んだが、統一は私たちの力で!」という思いが詰まった作品だ(作品2)。上下に分かれた土地(紙)を赤い運命の糸で縫い合わせる私。統一時代を生きる生徒の意思が可憐に描かれている。背負った歴史や希望が寒色暖色で表現され、アイデンティティー問題に真っ向から対峙する中学3年生のリアリティー迫る作品だ。
作品3「私の進む道」。第47回学生美術展・金賞。神奈川中高・高2:金伽玲
■「自己開発」
民族教育の中で学び育った在日コリアンとしてのアイデンティティー。高校無償化からの除外を筆頭に、あらゆる差別が横行する日本社会で在日コリアンであろうとすることの険しさを高校生の時期に感じる生徒たち。そのしがらみと向き合うか否か、彼らには選択の自由がある。
背負ったイガイガが生徒の意思、苦悩、状況をリアルに表している(作品3)。
後戻りすることのない強い意志を感じさせるようにも見え、日本社会で生きていくうえでの不安にも見え、社会の逆風を真正面から受ける姿にも見える。
ただ言えることは、生徒は在日コリアンであることを自負している、また、それを偽らないという意思に疑う余地が無いということ。
在日コリアンとして生きることが、いかにこの日本社会で摩擦を起こすことになるかを生徒はすでに気づいているのだろう。同時に、摩擦を起こすことで在日コリアンの未来を変えていくことにつながることに確信を持っているのだろう。
背中のイガイガは、その摩擦の象徴であることは間違いない。
(在日朝鮮学生美術展中央審査委員・朝大美術科教員(前神奈川中高美術教員))